無担保ステーブルコイン「ESD(Empty Set Dollar)」
Empty Set Dollar(ESD)という無担保型のステーブルコインが、無視できないレベル(DAIの10分の1に迫る時価総額)まで成長しています。
無担保型ステーブルコインといえば規制リスクによってプロジェクト停止になったBasisが有名ですが、Empty Set Dollarはそのモデルを引き継ぐプロジェクトです。
ひとしきり色々調べて、日本語情報がなかったので記事にしました。
*プロトコルの開発スピードが早く、様々な改善が頻繁に行われているため、以下の情報(又は参照元の情報)が最新かつ100%正しい保証はありません。
なぜ無担保型ステーブルコインなのか
現状ステーブルコイン市場で圧倒的なシェアを持っているのはUSDTです。USDTは、Tether社が裏付け資産となる米ドルを預かることで成り立っている中央集権的ステーブルコインです。
利用者は中央集権的リスクを考慮にいれなくてはなりません。担保資産が存在していなかったという事実が発覚すればUSDTは大暴落します。検閲耐性もなく、保有アドレスが突然凍結されるリスクもあります。
今現在、特にUSDCなどはDeFiサービスでも活発に利用されていますが、矛盾しています。本来DeFiは、トラストレス性を重視すべきで、集権的なステーブルコインに依存するべきではありません。
DAIのような仮想通貨担保型ステーブルコインは、USDTやUSDCとは違っい担保資産の有無をオンチェーンで誰でも検証可能です。凍結リスクも限りなく低いでしょう。
しかし、DAIは担保資産の価格変動リスクを考慮して過剰担保というモデルを取っているため、資本効率を大きく犠牲にしています。そしてDAIは理論上、担保資産の合計価値以上にはスケールしません。
さらにMakerDAOは今年に入って、価格の安定性とスケールの問題を改善するため、USDCやUSDTを担保資産として追加し始めました。よって限定的ではありますが、法定通貨担保型ステーブルコインのリスクを一部負っています。
無担保モデルであるESDは、以下3つの要素を犠牲にしないステーブルコインを構築することを目指しています。
・トラストレス
・資本効率性
・供給のスケーラビリティ
Empty Set Dollar(ESD)とは
ESDは、法定通貨や仮想通貨の担保を一切必要とせず、代わりに価格変動に応じてESDトークンの供給量を柔軟に変化させることで1ドルペッグ達成を目指します。
具体的には、1ESD>1ドルの際に新しくESDを発行することで供給量を増加させ、価格下落圧力をかける形で価格を1ドルまで低下させます。一方で1ESD<1ドルの際は、クーポンを発行・売却することで市場からESDを回収・バーンすることで供給量を減少させ、価格上昇圧力をかける形で価格を1ドルに回帰させます。
Empty Set Dollarは匿名チームによって創業されたプロジェクトであり、かつVCによる調達などは行っておらず、コミュニティ主導で開発が進められています。後述しますが、プロトコルのアップグレードはESDを投票権とした投票で実行されます。
ESDのこれまでをデータで振り返る
ESDのボラティリティは、USDTやUSDC、DAIなどのステーブルコインと比較すると非常に高いです。
以下は仮想通貨担保型ステーブルコインDAIとsUSDとのボラティリティ比較チャートで、青がESDです。ちなみにこちらの価格はUniswap上のESD/USDCレートです。
ESDはローンチから3ヶ月ほどで既に供給量(≒時価総額)を100億円規模まで上昇させています。この時価総額はDAIの10分1ほどであり、ステーブルコインランキングの中に入れると8番目です。
クーポンについて
ESDの価格の安定性を支えているのは、クーポンと呼ばれるシステムです。ESD価格が1USDC未満のとき、ESDが1USDC以上に回帰すると信じる投資家はクーポンを購入し、代わりに自身のESDを焼却することでESDの価格上昇に貢献します。
例えば、1ESD = 0.98USDCのとき、100ESDで将来1ESD=1USDに回帰した際に120ESDと交換できるクーポンを受け取ることができます。ここで余分に受け取れる20ESDは、ESDをシステムに提供したことに対する利息だと見做すことができます。
クーポンの利率は、ESDの流通量に対するシステム負債の割合に基づいて算出されます。計算式は、以下の公式によって求めらます。
プレミアム = 1/3(1-R)² - 1/3
*R(負債率) = システムの負債/ESD流通量
*ESD流通量 = ESD総供給量 — クーポン発行量
*システムの負債 = (ESD価格 — 1) * ESD総供給量 * 0.8
*↑の0.8は定数か変数か?変数なら何を基準に定まるのか?は不明
この辺りは若干複雑で詳細には理解できてない部分が多いのですが、難しい式はおいておいて、要は下図チャートのように、R(負債率)が高ければ高いほど、プレミアムも大きくなるということです。したがってESD価格が1ドルから下落乖離すればするほど、負債率は上昇しプレミアムも上昇します。
*実際のプレミアム計算式はもう少しだけ複雑です。(*参照:Whitepaper)
現在のプレミアムは約42%なのですが、実際に今の負債率を上の式に代入すると、42%というプレミアム率が返されます。受け取れるクーポンの量は、「焼却するESD量 × (1+プレミアム率)」です。
試しにクーポンを購入してみたのですが、500ESDをバーンするとちょうど42%多い707クーポンを購入することができました。システムが負債率を0%に戻すことができれば、その後のポジティブ・リベースの際に、この700クーポンは700ESDに変換できます。
ESDでは、8時間ごとにエポックと呼ばれる周期が更新されます。現在のエポックは282なのですが、なんと上記のクーポンは購入から90エポックが経過すると償還期限が切れてしまいます。
よって、約30日後であるエポック372時点でポジティブリベースが行われていなければ、(またはredeemし忘れていた場合は、)エポック282で購入した700クーポンは、悲しいことに全て電子クズとなります。
ちなみにクーポンはERC20ではありません。Empty Setプロトコルのトークンは、ESDただ一つです。
追記:リスクを把握しないでクーポン買うのはお勧めしません。償還は早い者勝ちなのですが、先ほどのエポックでBot使った大口にESD新規発行分ほとんど持ってかれて償還できませんでした(養分)
ボンディング
Empty Setは、AMPLやBASED特有の強力な売り圧(ダンピング)を抑制するメカニズムとして、ボンディングという仕組みを取り入れています。これはプロトコルのスマートコントラクトにESDをロックすると、ポジティブリベースで新規発行されるESDを受け取ることができる機能です。
PoSコインはステーキングしないとインフレによって損失を被ることになりますが、それと同じような仕組みで、ただのESD HODL組は実質的に損をすることになってしまいます。*一度ボンディングすると15エポック(5日間)は引き出し不可です。
ポジティブ・リベース時の分配方式
ESDはフェアローンチ・プロジェクトなため、プレマインなどは一切なく、これまで全ての新規発行分は以下で述べるコミュニティに分配されています。
1ESD>1USDCになると、ESD新規発行(ポジティブ・リベース)フェーズに突入します。この新規発行の分配は、現在では77.5%がESDのDAO(クーポン保有者+ボンディングしているユーザー)へ、20%がUniswapのESD/USDC 流動性提供者へ、2.5%がプロトコルのトレジュアリーへと送られます。
分配の優先順位は、クーポン保有者>ESD保有者+流動性提供者です。*トレジュアリーは最近できたので優先順位がどこに位置するか不明です。
ガバナンス
Empty Set DollarはESDを投票権としてコミュニティによって自律的に運営されます。ESD供給量の1%以上のステークが集まれば何らかの改善に関するプロポーザルを公開することができ、その後33%以上の賛成票が集まれば可決となり、改善提案は実装フェーズに移行します。
これまで既に10数個のプロポーザル(EIP)が提案・議論されています。コミュニティフォーラムでは、主にクーポンの償還期限や償還の順番、プライシングなどに関する議論が活発な印象です。
最近コミュニティ投票によってプロトコル・トレジュアリーが作成されました。これはいわゆるプロトコルのお財布ですが、7名のマルチシグ共同署名者の中にはCompound創業者や元CoinbaseのPMもいるようです。
オラクルについて
先述しましたがEmpty Set DollarはオラクルとしてUniswapV2のESD/USDC価格を用いています。Uniswapが提供するTWAP(Time Weighted Average Price)を通して一定期間内の平均レートを取得することで、悪意ある価格操作による一時的な価格変動リスクを回避します。
もちろんTWAPだけで安全性を保つことはできず、十分な流動性が必要になります。そのため、現在はUniswapのESD/USDCペアの流動性提供者には、新規発行のESDが分配される設計になっています。
監査
今の所、Certikの監査は受けたみたいです。ただパラメータは頻繁に調整しているようですし、一度監査済み=今も100%安心ではないと思います。
AMPLなどのリベースコインとの比較
引用画像ですが、USDCのような法定通貨担保型やDAIやsUSDのような仮想通貨担保型、AMPLやBASEDのようなリベース式コインなどとESDを比較した図です。(*参照)
USDCやDAIとの違いは冒頭で述べたので割愛します。
AMPLやBASEDは同じリベース式ですが、ESDとはその方法が異なります。ESDは発行・焼却で供給量を調節する一方、AMPLなどはユーザーのウォレット内の資産を変更するというリベース・モデルです。
AMPLは価格変動を招きやすくステーブルコインには括りづらいです。現時点でESDの方が安定していますし、流動性の増加に伴って徐々にボラティリティは低下していくと期待できます。
AMPLは特異なトークン規格を使っているため、DeFiのコンポーザビリティの恩恵を享受できません。その点でも、ESDに分があります。
大暴落への耐性について
ESDがステーブルコインとして拡大し続けられるかは、ESDの下洛時にクーポンの買い手が現れ続けるかという部分にあると思います。
1ESD<1USDCの状態で価格乖離が大きくなれば、その分クーポンのプレミアムも大きくなります。しかし価格乖離が大きくなり過ぎると、誰もリスクを取りたくない状況が生まれ、ESDの価格は下落し続ける可能性があります。
Basisに対する批判としては主にこのポイントが多かった印象ですが、同じ批判がESDにも当てはまると思います。以下2つの記事は、参考になります。
・シニョレッジ・シェア型Stablecoin入門
・アルゴリズミック中央銀行「Basis Protocol」の仕組みと疑問
ただし、ここまでは歯止めの効かない大暴落などのイベントは起きていません。もしこのまま機能し続けるとしたら、DeFiとEthereum経済圏のリザーブアセット&MoE(価値の交換手段)として広く使われていくことになるかもしれません。
とても大きなポテンシャルを持ったプロトコルではないでしょうか。